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2021.04.29

コンサルティング

「うっせえわ」は若手の心の叫び?(第2回) 〜目的・背景を伝えられていない上司の問題

安東 邦彦

なぜ上司の言葉は「うっせえわ」と思われてしまうのか

動画配信サイトや音楽ストリーミングサービスで大ヒットしている『うっせえわ』。

前回に引き続き、この過激な曲を題材にして、マネジメントや上司のあり方について考えたいと思います。

若手に「うっせえわ」と思われてしまうかどうかは別として、多様性が重視される今は、組織に規律をもたらすのが難しい時代だと言えるでしょう。

個々の価値観を大切にするということは、組織として一律の価値観を押し付けることが難しくなることの裏返しでもあります。

「とはいえ、組織には規律が必要ではないか」

そう思われる方もいるでしょう。あるいは、社会人になったばかりの若手に「知ってもらいたいこと」「理解してもらいたいこと」がたくさんあるという人も。

では上司は、どのような言葉を発して理想の組織を作っていくべきなのでしょうか。

一つ間違えば真意が伝わらないばかりか、「うっせえわ」と思われて逆効果になってしまうこともある上司の言葉。

その問題点を考えてみましょう。

教えたいと思う物事の「目的」「背景」を伝えられているか

『うっせえわ』の歌詞に表されている鋭い言葉は、従来の価値観で型にはめようとする空気への、若手の心の叫びだと言えるのかもしれません。

「酒が空いたグラスあればすぐに注ぎなさい」

「皆がつまみ易いように串外しなさい」

そうした上司の教えにことごとく反発しています。

こうした言葉のどこに問題があるのか。それは「なぜ空いたグラスにすぐに注ぐべきなのか」「なぜ串を外すべきなのか」が語られていないことではないでしょうか。

同じような「教え」は他にもたくさんあるでしょう。

「エレベーターに乗ったら若手がボタンを押しなさい」

「目上の人は上座に通しなさい」

などなど……。

マナーや礼儀として知っておくべきだと言われる物事の「目的」「背景」を、あなたは若手に伝えていますか? こうした行為が何を表しているのかを説明できないことで、「うっせえわ」と思われてしまうのかもしれません。

これは若い人たちの理解力の問題ではありません。

目的や背景が不明なのに、ただ「ルールだから」やれと言われる。それでは反発するのは当たり前です(前回のブログで紹介した私の「日報体験」と同じように)。

人間は本質的に変化を嫌う生き物。誰しも、意味が分からない変化を迫られるのは嫌だと思うのではないでしょうか。

マナーや礼儀は、相手への敬意や思いやりを表現するためのもの

私自身は、若手メンバーに「空いたグラスがあれば注ぎなさい」とは言わないし、「串を外しなさい」と言ったこともありません。

一方で私が取引先と食事をする際には、相手のグラスに注ぐこともあれば、率先して串を外すこともあります。こうしたことは、食事の場における相手への「敬意の示し方」だと理解しているからです。

また、ブレインマークスは基本的に年賀状を出しません。お中元やお歳暮にも興味がありません。しかし世の中にはこれらを大切にしている会社もたくさんあります。だから、相手によっては年賀状をやり取りしたり、贈答品を準備したりすることもあります。

相手に合わせて行動する。そのために「知っておいて損はないこと」としてマナーや礼儀があるのでしょう。

マナーや礼儀は、相手に対する敬意や思いやりを表現するためのものです。それがマナーや礼儀の目的です。

「相手のグラスが空いたときに注ぐのは、相手を思いやっているからなんだよ」

そう伝えられたら、若い人たちは違った反応を示してくれるかもしれませんね。

(安東邦彦)

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